2017年5月の朗読法話「永遠不変の真理」

テレビや新聞のニュースでシリア情勢が報道され、毎日のように惨事が繰り広げられている様子が流れていますが、なにか遠くの国で起きている出来事という緊張感のないものに映っています。ですが、近日の北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)のミサイル発射は若い独裁者の故に、いつ何が起きても不思議ではないと、マレーシアでの殺害事件を通して感じ、あのキューバ危機以来の緊張を覚えるようになりました。◇

先月三日、ロシアのサンクトペテルブルクの地下鉄で起きたテロ行為の報道の時、インタビューに答えた方の言葉が印象に残っています。「何かが起きると、犠牲になるのはいつも罪のない市民です」と。

ロシアは日本にとっては思想の異なる言わば、厄介な国。北方領土問題は一向に進まず、いつものらりくらり。元々返還する気はないのでしょう。国と国の複雑な外交の下ですが、我々と同じ一般の人々は心穏やかにと願って小さな幸せを家族や友人と守っていこうと努力している、そのことを強く感じました。厄介な国、ロシアの人も思いは同じなのだと。

戦争が起こるとどうなるか。「今やボタン戦争で、あっという間に人類は破滅する」と語られた話は横に置いて、第二次大戦によって起きた無数の惨事の一つをご紹介。

 

敗戦翌年、一九四六年の春、旧満州(中国北東部)の四平(しへい)に居た家族。父は徴兵され音信不通。砲火の中、母子五人が暮らしていた。やがて、七月に日本への引き揚げが決まり、家に日本人会の男性数人が来た。一歳の一番下の妹について、「長い旅に耐えられないから殺しなさい」と言い、液体の毒薬を渡された。母が抱き、小学六年の長男の僕がスプーンでのませると妹は死んだ。その後の幾つもの記憶を僕は失った。

心身共に不調だった母が荷車に横たわっていたのは覚えている。弟ふたりと共に貨車に乗せた。引き揚げ船出発地、現在の遼寧省の島に到着。病院で、母は畳の上に寝かされた。処方された薬を母はのんでいたがある日、僕は別の粉薬を医師から渡された。

僕がのませると、母は泡を吹いて死んでしまった。ぼうぜんとした僕。通夜で弟ふたりと僕は黙り込んだ。八月、三人で父母のふるさと、京都へ。祖母の懐に飛び込んだが、上の弟はすぐに病死。

「誰の子どもも殺させない。いつまでも平和を」と声を上げ続けている。

Mさん(八二歳)四月十七日付 朝日新聞

お釈迦さまの言葉に「およそこの世において、怨みは怨みによってやむことはない。怨みを捨ててこそやむのである。これは永遠不変の真理である」(法句経)とあります。

怨みを捨てるというのは、誠に難しいことです。でも、怨みを煽って無謀な戦いに突き進むことは何としても避けなければなりません。愚かな権勢欲のために、ひとりひとり幸せを求めて生きている私たちの大切な人生が奪われてはたまりません。

なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。

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