11月の朗読法話「老医に患者のなき日あり」

時折、五木寛之さんが書かれた本を読みます。一九三二(昭和七)年生まれですから、今、八十五歳。八十歳を超えてからのエッセーを主とした発刊の多さに驚きます。

この夏、『孤独のすすめ~人生後半の生き方~』が出ました。
老いに伴って身体が思うように動かず、外出もままならない。訪ねてくる人もなく、かつて電話を楽しんだ友だちも、耳が遠くなったからと言って掛けてくることもこちらから掛けることもなくなった。毎日が何曜日でもよくなり、テレビも楽しい番組がない。世の中からなんとなく取り残されてしまったような寂しさ。たまに孫が遊びに来てもかつての可愛い面影はなく、ケータイばかり触って「じゃあ、帰る」と言って出ていく。否が応でも孤独と向き合わざるを得なくなる。

五木さんは孤独だからこそ、孤独を恐れず、孤独のすばらしさを知り、孤独を楽しみませんかと提案します。
例えば、あまり使わなくなった机の引き出しを開けてみる。ひとつのマッチが出て来た。そのマッチはかつて青春時代によく通った思い出の喫茶店のものだった。あの時に出遇った人、観に行った映画、訪ねた奈良や京都の神社仏閣。当時、流行っていた歌などが次から次へと懐かしく蘇る。後ろを振り返り、ひとり静かに孤独を楽しみながら、思い出を咀嚼(そしゃく)する。回想は誰にも迷惑をかけないし、お金もかからない。繰り返し昔の楽しかりし日を振り返り、錆びついた思い出の引き出しを開けることは、周りからは何もしていないように見えても、それは実に「アクティブな時間」だ、と。
クルマ好きだった五木さんはシフトダウンしてスピードは落としても、トルクはおとさないと言います。むしろ心のトルク(底力)は高まっていくと。

親鸞聖人が五木さんと同じ八十五歳の時に書かれたお手紙に「目もみえず候ふ。なにごともみなわすれて候ふうへに、ひとにあきらかに申すべき身にもあらず候ふ」と記しています。老いをしみじみと味わっておられたことが伝わってきます。また、当時京都に住んでおられた聖人に付き添っていたのは末娘の覚信尼だけで、妻の恵信尼や他の子どもたちは遠く越後で生活していて聖人は寂しさの中にあったのでした。
しかし一方で、聖人は七十六歳の時に『浄土和讃』と『高僧和讃』を著わし、七十八歳で『唯信鈔文意』。八十五歳では『一念多念文意』、八十八歳のときには『尊号真像銘文』『正像末和讃』と、私たちが聖人のみ教えを知るうえでなくてはならない大切な書物や和讃を次々と著わされます。これは孤独の中での心のトルクの高まりがあったればこそと思われます。法要の終わりに皆さまと一緒に唱和する「恩徳讃」は『正像末和讃』にある一首です。

五木さんはこの本で「春愁や老医に患者のなき日あり」という句を紹介されています。若いころは待合室に多くの患者さんが並んだこの医院も、老いとともに患者は別の医院を選ぶようになった。白衣の老医師がしみじみと来し方を振り返り、寂しいけれどある意味で幸せなおだやかな時間を過ごしている。これは高齢者ならではの句だと。
秋の深まりを背景に〈自らの老い〉と対峙してみては如何でしょうか。
なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。

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