12月の朗読法話「また還って来られます」

三ケ月に一度、警察病院[天王寺区]で糖内科の血液検査を受けています。採血の受付が八時に始まりますので、自転車で元気に一心寺の前の坂を上がっていきます。この坂を一気に上がれるかどうかが私の健康のバロメーター。
受付時間にはもう既に五十から百名の人が来ておられ、この方々も案外お元気なんだなあと自分を含めて苦笑い。看護師さんがてきぱきと採血して下さるので、いつもスムーズで八時半頃には終わります。会計を済ませた後、院内のコンビニでサンドウィッチとコーヒーを買い、広い玄関ロビーのベンチで遅い朝食を取るのが定番で、ゆっくりと心安らぐとき。

そのベンチに座ると正面にエスカレーターが眺められます。二階には私がお世話になっている内科を初め、婦人科、泌尿器科、耳鼻科などがあり採血も同じフロア。だから、多くの方がこれに乗って二階へ上がっていきます。まさに途切れることなく。
その流れを見ていて、この世の縁が終わった方がお浄土へ参られる姿のようだなあと思っています。男女は勿論、老若も含めて「なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをは」(歎異抄)られた方々が次々と。そして、その奥に並行して下りがあり、また診察を終えた方々が途切れることなく降りて来られます。この方々はお浄土に往き仏となった方々の還相(げんそう)の姿と見えてくるのです。
お浄土へ参られる方も毎日大勢居られるが、この世にて悩み蠢く私たちを放っておけないと手を差し伸べて下さるおびただしい数の仏さまがこのように来られると連想する光景なのです。
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先月、Оさんのお宅で一周忌法要を勤めさせて頂きました。若いお孫さんも迎えてくれて和やかな雰囲気。お勤めするお経の紹介をし、金子みすゞさんの童謡の一節、「忘れていてもほとけさま いつも見ていてくださるの だからわたしはさふいふの ありがとありがと ほとけさま」の気持ちでこのひとときをお過ごし下さいとお伝えしました。
合掌しお念仏を皆さまと申しますと、Oさんが昭和二十年代の若い頃に下関に親戚を頼って出て、漁業に従事し稼ぎも年齢の割には良かったこと。のちに職場が瀬戸内海に移り、何艘かの船を長く連ねて運搬の仕事をされていたこと。天気の良い日は潮風を受けて心地よい時間を過ごされたお話が瞬時に思い出されました。
龍谷大学におられた故浅井成海先生は「還相(げんそう)回向とはお念仏申させていただき、お念仏を聞かせていただく中に、いろいろ会話をしたり、思い出させて頂くことではないでしょうか」と仰っています。
往ったきりでなく、またこの世に還ってきて私たちの目には見えないけれど、私たちに寄り添い、心を汲み背中を押し、仏の道に誘って下さる大切な方の働きに気づかせて頂きたく思います。
なもあみだぶつ、なもあみだぶつ。

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